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WSC #036 キツテフ
(橘川てふ)

Kitutehu (Tehu KITUKAWA)

[キツテフ]

選択、変形、圧縮、そしてその構成と設計……
ついに姿を現した「ヴィネットマイスター」

 塗装済み完成品フィギュアブームを通じ、香川雅彦という原型師がひとつの「発明」をこの世界にもたらした。それ以前には存在しなかった、“アニメフィギュアにおける高濃度ヴィネット”という表現形態だ。
 その場面や世界観をより濃く表現するため、作り手の恣意によりチョイスされ詰め込まれた小道具たち(ヴィネット化されたアニメの劇中シーンとヴィネットを見比べると、画面内になかったものがヴィネット内には存在していたりする)。ヴィネットを生き生きとさせるために、空間を自在に圧縮し、大きすぎる小道具や背景は縮小され、必要とあればパースを付けて物理的な法則すら無視しつつ、しかし、それでもそのことを不自然に感じさせない技術とセンス……。グラビア立ちのフィギュアに草木などの小物と地面を添えただけの、単なる情景風台座付きフィギュアとは完全な別モノと言えよう。
 どんなピースを選び、どう変形させ、どう圧縮し、どう配置するか―高濃度ヴィネットの神髄はその「構成力」にある。そうした構成力に対するセンスの有無が、作品の良否を決めるのだ(これは、絵画などの世界ではあたりまえの考え方でもある。風景や人物を正確に描いただけの作品は、それ以上の意味や価値を有さない)。
 しかし残念なことに、香川が提示したヴィネットの真意を見抜き、(よい意味で)模倣し、追随することのできた原型師は皆無に等しい。高濃度ヴィネットのいちばん重要な点に気付くことなく、表層的な面ばかりを真似たモドキ作品が世に溢れかえっているのはそのためだ。
 そこでキツテフである。
 キツテフの手掛けるヴィネットは香川と異なり、アニメ作品というバックボーンを有していない。完全なるゼロからの創作作品だ。
 しかし、そこに用いられている方法論はまちがいなく香川のそれと同一である。「ヴィネットにおいて何より大切なのは構成力だ」という点を見抜き、それを成すために緻密な計算に基づく設計をし、造形に臨む。
 さらに、元ネタとなる題材が存在しないがゆえ、(それこそ絵画や彫刻などと同様に)ヴィネットを眺める人の視線の動きを推測し、まずどこで最初に視線をつかみ、そこからどういった流れでヴィネットを隅々まで鑑賞させるかまでをも計算していることに驚かされる。こうした作品は絶対に「偶然」では生まれてこない。
 もはや、こまかな造形技術などどうでもよい。そんなものはこの先いくらでも伸ばすことができるからだ。
 真のヴィネットマイスターがとうとうワンフェスに現れたという現実を、とにかくよろこばしく思う。

 

※ヴィネット……元々の語意は「雰囲気のあるちいさな絵」というものだが、戦車などのミリタリーモデルを愛でるヨーロッパのモデラーたちが、小型ディオラマ(=ちいさな情景模型)をヴィネットと呼びはじめたことが次第に定着し、いま現在に至る

text by Takeshi SHIRAI with Masahiko ASANO

きつてふ(きつかわてふ)1979年9月13日生まれ。高校時代、運動部所属だったにもかかわらずパソコン部へ入り浸るようになり、仲間と共にPC-9801用のシューティングゲームを自作する。その仲間たちはゲーム専門学校などへ進学したが、「現実的なもの作り職種」として調理師専門学校を選択、卒業後は日本食の板前という職へ就くことに。フィギュア造形へ着手しはじめたのは専門学校時代で、「完成したフィギュアを誰かに見てもらいたい」という思いからJAF・CONのコンテストへ出品、それをきっかけに知り合った仲間と2~3回ワンフェスへディーラー参加する。その後、造形で身を立てていくことを決意、板前の仕事も辞め、個人ディーラーとして独立するも、運の悪いことに同タイミングでワンフェスがリセットを宣言。ワンフェスへ参加できない期間は社会人学校へ通い彫塑や彫刻を学びつつ、'01年のリスタートから再びワンフェスへディーラー参加しはじめる。現在は商業原型師として活動しながら、ワンフェスにて創作ヴィネットを発表している。

WSC#036プレゼンテーション作品解説

© Kitutehu Characters


夜空のカタチ

※WSCアーティスト自身による創作(オリジナル)キャラクター
ノンスケール(全高113mm)レジンキャストキット


商品販売価格
ワンフェス会場特別価格/5,800円(税込)
ワンフェス以降の一般小売価格/8,000円(税込)

(※販売は終了しています)


 すでに専業原型師として活躍中の、キツテフこと橘川てふ。生業としての原型製作では主に「クライアント(マスプロダクツメーカー)のリクエストに応えたそつなく手堅いイマドキの美少女フィギュア」を手掛けていますが、キツテフの「本当にやりたいこと」は、彼が連作ものとして発表している創作童話ヴィネット(小型の情景模型)のなかにぎゅうぎゅうに圧縮収録されています。
 プレゼンテーション作品となる“夜空のカタチ”は、同シリーズ2作目にあたる、やさしい空気感に満ち溢れた作品。そして、キツテフのヴィネット構成能力の高さと凄さを存分に味わうことのできる逸品でもあります。とくに、見る側の視線の動きまで考慮して緻密に計算された「間(ま)」の取り方と埋め方は、「絶妙」のひとこと。接着剤を使わなくてもパーツ同士がピタリと固定されるほどの造形精度や、ベース(台座)のうしろ側にさりげなく奢られたネームプレートを含め、キツテフの人柄や性格が如実に反映された清潔感溢れるキットとなっています。

キツテフ(橘川てふ)からのWSC選出時におけるコメント

「できることならば、10人が見たら10人が少しずつ違うお話を想像してもらえたら……」と、そんなよくばりなことを考えてしまいます。それは言い換えれば、個性を求められる「作品」としては弱いことなのかもしれません。私は専業原型師ですから、キャラクターグッズとして消費されるものを作っている者ゆえに、自分だけの消費されないものが作りたかったんだと思います。流行に流されることなく、権利に邪魔されることなく、「キツテフ」という個人がいればまわり続け、広がり続ける、そんな世界がほしかったんだと思います。だからそんな自分と同じように、見てくれた人、手に取ってくれた人が「キツテフの作品は自分だけが気付くことができた、自分のための作品だ」と思ってもらえたなら、作者としては大変うれしいのです。さらにそこから作品を見た人それぞれが、話を広げ紡ぎたくなってくれたなら、それは大成功だと言えます。それを思わせるものを創っていけたらと思っています。
 さてその意味でいうと、今回WSCに選出していただき、連作をひとつだけ取り出して、多くの人が見える位置に仰々しく展示し販売するという行為は、「見付け出してくれた人だけが長く愛でてくれればそれでよし」といういままでのスタンスとずいぶん毛色が違うのでは……と思われるでしょう。私もそう思いますし、そういうスタンスで創ったものが多くの人に支持されるかどうか私自身が疑問でもあります。だから今回の件は、この先自分が創作を続ける上で、この道がどれだけ険しいのか、何が見えてくるのか、そのほかいろんなことを計るための「ものさし」だと思っています。
 計った結果が「凶」でも逃げ出さないように、皆様はうしろ指をさす準備をしながら見守っていただければと思います。